私は東京に生まれ、東京で育った。だから田舎の生活と云うものを知らない。だから、一生のうち一度は田舎暮らしを体験してみたい、そんな思いがいつもどこかにあって、それが実現したのが50歳になってからだった。

 もし田舎に住んだら、自分の生活は、可能な限り自分で作ってみようと心に期していた。と云っても、悲壮な決意をしたというわけではない。自給自足を実現しようというような幻想を抱いてもない。ガチガチに固まった信念や理想を持っている訳ではない。それは逆に重い足かせを自分にはめることになってしまう。せっかく人工的な都会社会の軋轢やしがらみといった煩わしさを断ち切って求めた「自由」を、また別の抑圧によって奪われてしまう。日々の暮らしがまたもや辛いものになってしまう。

 生活、ひいては人生は楽しくなければ無意味に等しい。既存の価値観や社会通念から自由で、楽しい生活、心の底から「おもしろい!」と感じることが出来る人生。私の田舎暮らしの真の目的はそこにあった。そのためには、まずあらゆるものが金銭に換算されて、あふれかえっている文明社会の、一見豊かで、便利で快適な生活の底に潜む虚構、虚飾の一切を放棄して、生活の一切合財を「無」から始める覚悟が必要だと思った。ゼロからスタートして、必要なものを一つひとつ作っていく。そのプロセスが生活となり、その積み重ねが人生になっていく、そんな生き方がいい。

 田舎暮らしをしていると云うと、ずいぶん悠長な生活をしていると見られがちだ。だが、そんなことはない。自然の中ではあらゆることが人任せでは成り立たないし、すべての判断や行動は個人にゆだねらる。当然のこと、その結果や責任も自分で背負っていかなければならない。

 そうした中で、本当は何が必要で、何が不必要なのかという根本的な問いに向き合っていくことになる。自分と向き合うことになる。この問いに自分の知能と肉体を駆使して日々の暮らしを作り上げていく。

 そこには自分の力で生きているという確かな手応えがある。生活実感がある。地に足がついた生き方とはそういうものかも知れない。日々の暮らしを通じて学び、自分を高めていく。そんな有機的な生活が楽しくないはずがなかった。生活を遊び、ひいては人生そのものを遊びに取り込んでしまう。それが私流の人生の極意である。

 ただしそれを実践するには、他人と違う生き方に個人の尊厳を見いだせる強い精神力と、不便と不自由さのなかに遊びの要素を発見する旺盛な好奇心が不可欠なんだと思っている。頑固なこだわり、失敗にめげない楽天性、柔軟さ、粘り強さ、そうした資質が必要だが、これらは経験と学習の積み重ねで身につけることが出来る。

 いままであたりまえのように身の回りにさまざまな便利なものが氾濫し、疑いもなくそれに頼り切っていた生活が逆転すると、頭に詰め込まれたわかったつもりでいた知識がほとんど何の役に立たないことを知るだろう。そこでまず、ほとんどの人はうろたえるものだ。

 生活に必要なものを自分で考え、作っていくとなると、そこで浅学の限界に行き詰まる。失敗すれば原因も考える。そこに創意工夫、そして意匠も生まれてくる。それが実に楽しい。その繰り返しが人生そのものだと感じている。

 もとより金銭には無頓着で縁がない身で、しかも人付き合いが苦手な私にとっては、そうした生活がこの上なく嬉しい。孤独で不便・不自由な生活が性に合っているのかも知れない。第一、ここでの暮らしは誰にも邪魔されない。訪れるのは鳥や獣だけ。彼らは不粋に話しかけてもこないし、よそへ行って、あることないこと言いふらしたりもしない。厄介、煩いがない。ただ自然と向き合うだけ、、、。

 ただひとつ、自分を戒めるべきは、自分のやれる範囲を超えて生活を拡大しないことだ。自分にとって、本当に必要なものを見つめている。このことは道具についても同じことが云えると思う。機能性をつきつめた道具のフォルムは実に美しい。道具は機能性が高まってくるとシンプルになっていく。シンプルであるものは常に美しい。そのように思う。

 最後に、もうひとつだけ加えておこう。田舎暮らしこそがスローライフと考えていた私は甘かった。都会に住んでいるときよりも、やらねばならないことが多くて、毎日が忙しかった。ともかく、6年間ではあったが、私のスローライフはアッと云う間にすぎ、多くのことを学ばせてもらった。いまでは、よい経験をしたと感じている。